おかゆなれきし

歴史に少しでも興味を持ってもらったり、面白いと思ってもらえるように歴史を話すブログです。

【東海道五十三次を歩く!4日目】関東の覇者が勢揃いのお寺と箱根峠を越えて

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こんにちは。足が日々痛いしょう(@shos_history)です。

 

3月18日からついにスタートした東海道の旅略して一人参勤交代。

 

 

~これは現代文明(飛行機や新幹線など)があるにもかかわらず、それらを使わず東海道五十三次を自分の足で歩くというよくわからない企画の記録である~

 

今回は4日目小田原からのスタートです。

 

前回の3日目を読んでいない方はこちらをチェックです! 

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東海道五十三次を歩く!「北条五代が眠る寺 早雲寺そううんじ

 

ついにラスボスと対決することになった僕ですが、もちろんいきなりラスボスではありません。

 

箱根峠に入るまでが嵐の前の静けさといったところです。

 

 

 

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早雲寺。

 

歩いていたらたまたま見つけたお寺ですが、めちゃくちゃすごいお寺でした。

 

関東は徳川家康が支配していてその1つの江戸で幕府を開いたのはみなさんご存知だと思います。

 

 

 

ですが!

 

 

 

徳川家康より前に江戸および関東を支配していた家がありました。

 

 

それが「北条氏」です!

 

 

戦国時代には関東の覇者とも言われるくらいに一大勢力で北条5代100年の歴史を持っていました。

 

 

じゃあ北条はどうなったのか?

 

 

 

豊臣秀吉に反抗したので倒されたのです!

 

 

 

だから関東が空いて、代わりに徳川家康がやってきたのです。

 

早雲寺はそんな関東の王国を築いた北条氏の初代北条早雲ほうじょうそううんの遺命によって建立されたお寺です。

 

北条早雲といえば戦国時代の始まりとも言われている人物です。

 

早雲寺の奥には今も北条五代が静かに眠っています。

 

 

 

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近くには幻想的な枯山水石庭もありますよ。

 

枯山水かれさんすいとは…

水を使わずに石と砂だけで山や水を表現する日本庭園の1つ。

龍安寺の石庭が特に有名。

 

北条好きや戦国好きの方はぜひ寄ってみてはいかがでしょうか。

 

 

【早雲寺のアクセス】

 

東海道五十三次を歩く!「ラスボス箱根はヤバイ」

 

早雲寺を観光するくらいには「余裕じゃね?」と思っていました。

 

 

 

この時までは…

 

 

 

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一里塚も「箱根」という文字が出てきて徐々に忍び寄る「箱根」。

 

 

 

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ついにラスボス登場です。

 

写真から伝わる運動音痴そうな見た目…

 

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軽くぶっ飛ばしてやると言わんばかりの構えですよね!

 

 

 

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まぁ返り討ちにあって無事に死んだんですけどね!

 

ガチでやばそう…

 

雨とか風とか足場とか全てにおいて地獄でした。

 

 

 

こりゃあ紛れもなくラスボスですわ!

 

 

 

vs箱根に関してはこちらの記事に詳しく書いているのでぜひ読んでみてください!

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とにかく江戸時代の面影を残した石の道や

 

 

 

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一里塚などを見ることができて良い経験になりました。

 

 

歩いてて思ったのはマジで江戸時代の人すげぇーってことですね。はい。

 

 

 

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途中には箱根の関所もありました。

 

まぁ大雨で寄ってる場合じゃなかったんですけどね。

 

※関所とは…

交通の要所に置かれた荷物や人を検査していた施設。今でいう空港にある荷物検査ゲート「保安検査場」のこと。

 

いわゆる「入り鉄砲に出女」といい、関所で鉄砲などの武器の侵入(=入り鉄砲)や大名の人質になってた女の逃亡(=出女)を防いでいた。

 

ここ箱根の関所では特に出女を厳しく取り締まっていた。

 

昔の関所をしっかり忠実に復元して再現しているので、観光スポットとして良い場所だと思いますよ。

 

 

【箱根の関所のアクセス】

 

東海道五十三次を歩く!「箱根を倒せばあとはスライムだけ!」

 

早雲寺がオアシスに見えてしまうくらいには箱根峠がやばかったのですが、乗り越えた後の達成感は半端なかったです。

 

ここで今回のRPGのラスボスを倒したことで大幅な経験値を手に入れてレベルアップできたので、明日からは間違いなく余裕です。

 

あとは目隠ししながらでもいけますね。

 

だって残りはスライムだけですもん!

 

つまり箱根はゾーマだと…

 

ドラクエネタがわからない人は、箱根=フリーザ、他は雑魚キャラだと思っていただければ大丈夫です。

 

 

 

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とにかく今日は箱根峠を越えて無事に静岡入りしました。

 

明日は静岡県の三島市からスタートです!

 

【5日目の記事】

 

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【東海道五十三次を歩く!3日目】江戸時代の松屋と新宿のお話!

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こんにちは。足が日々痛いしょう(@shos_history)です。

 

3月18日からついにスタートした東海道の旅略して一人参勤交代。

 

 

~これは現代文明(飛行機や新幹線など)があるにもかかわらず、それらを使わず東海道五十三次を自分の足で歩くというよくわからない企画の記録である~

 

 

 

今回は3日目平塚スタートです。

 

前回の2日目を見ていない方はこちらを!

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1日目から読みたい方はこちらです!

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それぞれチェックしてみてください。

 

東海道五十三次を歩く!「虎御前ゆかりの歴史が多い!」

 

平塚の次の大磯に来ると、虎御前という人物に関する史跡を多く見かけるようになりました。

 

※虎御前とは…

鎌倉時代の女性で、武士であった曾我祐成そがすけなりという人物の側室。

その曾我祐成は源頼朝の開いたイベントで父親の仇を討つが、自身も死んでしまう。

その現在を目の当たりにした虎御前は尼になって全国を巡った。

 

 

 


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例えばこの井戸。

 

虎御前がこの近くに住んでいて、この井戸水で化粧したことから化粧井戸といわれています。


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あとはここ!

 

ここには虎御前の成長とともに大きくなったといわれる虎御石という大きな石が置いてありました。

 

江戸時代には「良い男なら持ち上げられ、悪い男は持ち上がらない」といわれ、一種の観光スポットになっていました。

 

似たやつが京都にもありましたが、ここでは僕は頭を使ったズルをして持ち上げました。

 

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東海道五十三次を歩く!「海が見えてきた」

 

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道ゆくごとにこういった問屋場跡とか本陣跡とか「跡系」の史跡がいろいろと見つかります。

 

※問屋場とは…

江戸時代verの役所みたいなもの。「君は〇〇やって!」とか取り仕切っていた。

 

※本陣とは…

江戸時代の大名や幕府の役人など上級階級が使っていた宿泊施設。

 


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この本陣の名前は「松屋」。

江戸時代の人たちはいったいどんな牛丼を食べていたのでしょうか。

 

確かに松屋だけど…

 

 


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そんなこんなで歩いているとついに海が見えてきました。

 

 

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遠くに見える山が今回のRPG「東海道五十三次」のラスボス「箱根」です。

 

ラスボスが序盤に出てくるのっておかしくね?

 

そうです。このゲームは欠陥なんです。

ラスボスは普通なら最後らへんに出てくるものですから。

 

ラスボスもゾーマを倒したら残りはスライムだけになります。

 

ゾーマが分かりにくかったら、フリーザでもDIOでもなんでもいいです。

 


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f:id:shoooy:20190331010728j:imageいきなりラスボスですが僕は歩き続けます!

 

そして小田原に到着です。

 

東海道五十三次を歩く!「新宿は新しい宿」

 


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もせるごみってなんなんですかね~

 

と突っ込みながら歩いていると、

 

 


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突然「新宿」にワープしました。

 

どうやら宿場(まぁサービスエリアみたいなもん)の中でも都合で新しく新設された宿場のことを新宿と呼ぶようです。

 

東京にある大都会「新宿」も甲州街道を使う場合最初のサービスエリアが高井戸(20kmくらい)で遠いということで置かれた「内藤新宿」が名前の由来です。

 

東海道五十三次を歩く!「次はラスボス箱根」

 

歩きながらインプットとアウトプットを繰り返しているとめちゃくちゃ知識量が増えている気がします。

 

足も全然痛くないのでこれは余裕ですね。(フラグ)

 

 

 

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今日は20km歩いて、小田原まで来ました!

 

小田原で一休憩して次の日がついにラスボス「箱根」です。

 

倒してきますね!

 

【4日目に関連する記事】

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【東海道五十三次を歩く!2日目】川にも木にも公園にも歴史がある!

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こんにちは。足が日々痛いしょう(@shos_history)です。

 

3月18日からついにスタートした東海道の旅略して一人参勤交代。

 

 

~これは現代文明(飛行機や新幹線など)があるにもかかわらず、それらを使わず東海道五十三次を自分の足で歩くというよくわからない企画の記録である~

 

 

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今回は2日目保土ヶ谷スタートからの話です!

 

 東海道五十三次を歩く!「一里塚は休憩スポット」

 


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全世界の皆様、おはようございます。

 

早めに起きないと歩く距離が変わってくるので、朝が苦手ですが仕方なく早起きをしてます。

 

 


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え?何食べてるって?

 

 


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朝食のブラックサンダーですよ!おまけにポカリです。

 

 


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僕が今いるのは横浜の品濃一里塚公園という場所です。

 

一里塚とは、4kmごとに道沿いの両端に置かれた江戸時代の旅人や参勤交代の大名たちにとって目印になるものです。

 

その一里塚には木が一本生えており、木陰で旅人たちは休憩したといいます。

 

つまり休憩スポットです。

 

その休憩スポットが役割は変わらず、公園に姿を変えて今も存在しているひとつが品濃一里塚です。

 

そんなところで僕はブラックサンダーとポカリを飲み食いしているということです。

 

江戸時代から今にかけて一里塚でブラックサンダーとポカリを飲み食いしている人はいないはずなので一番乗りですね。

 

なにも嬉しくない件について…

 

 


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ちなみにこの品濃の一里塚は両端二つとも残っているという点がすごいポイントです。

 

 


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だいたいの一里塚はひとつ残してもう片方を取り壊しています。

 

どう考えても現代においてはいらないですもん。

 

なので両方現存しているのはすごいことなんです!

 

東海道五十三次を歩く!「いつの間にか大阪にいたり、原宿にいたり」

 

めっちゃ必死に歩いていたら…

 

 


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急に大阪が登場します。

 

説明文読む限りでは大きい坂という普通の意味でつけられたのでしょうが、、

 

2日で東京から大阪までいけたとしたら化け物どころの騒ぎじゃないです!

 

 


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なんていいながら歩いていると今度は原宿に着きました。

 

スタートに戻ってる…

 

どうやら元々が原っぱだったところに宿(駅)ができた場合は大体「原宿」になるようです。

 

つまり東京の原宿も元々は原っぱ出身です。

 

さらにいうと、〇〇原とか原がついていれば元々原っぱだったということでもあります。

 

自分の地元から原がついている地名があるか探してみましょう。

 

東海道五十三次を歩く!「寝不足で橋を渡るのは注意」

 


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東海道沿いに益田家のモチノキという木がありました。

 

樹齢250年ほどの木のようです。

 

最初は「餅がなるのかな」とか「益田家って誰やねん」と思ってましたが、そんなことはどうでもいいんです。

 

そこに江戸時代から立っていたということがすごいんです!

 

東海道沿いに立ってるということは旅人や大名までほとんどの江戸時代を生きた人が見ているし、同様に木も歴史を見てきているということでもあります。

 

そう考えたら「すごいなー」と思うと同時に、「江戸時代ってどんな感じだったんだろう」と聞いてみたくもなりました。

 

東海道五十三次を歩く!「寝不足で橋を渡るのは注意」

 

みなさん眠いですか?

 

眠いときに橋渡ってたら落馬しちゃいますよ!

 

いゃそもそも馬に乗るシチュエーションがない…

 

 


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ということで相模川にやってきました!

 

別名「馬入川」ともいいます。

 

馬入川の由来は鎌倉幕府を開いた源頼朝がこの橋を渡ろうとして落馬し、馬が溺れて死亡したからです。

 

ちなみに源頼朝も落馬の怪我が原因で死亡してます。

 

昔の人はこういう基本解決できないことは祟りのせいにしがちですが、これももちろん祟りのせいにします。

 

「義経の祟りだ!」なんて言って義経が悪いように書かれています。

 

事実を変えて敗者の印象を悪くするのはいつの時代も勝者の特権です。

 

間違いなく寝不足なんですけどね…

 

 

その結果、橋を架けるのは不吉ということで船で渡るのが普通になりました。

 

 

運賃は12文です。

 

時代によってお金の価値は違いますが1文=15円だとすると、180円です。

 

 

電車の運賃と同じくらいですね。

 

東海道五十三次を歩く!「川にも木にも公園にも歴史がある!」

 

2日目に学んだことは川にも木にも公園にも確かに歴史があるということです。

 

僕らの身近な自然なものにもしっかり歴史があって、それが意外と有名な歴史に繋がっている可能性もあるのが面白いですね。

 

 

 

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今回は約30km歩き、平塚まで来ました。

明日は平塚スタートです。

 

【3日目に関連する記事】

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【東海道五十三次を歩く!1日目後編】東海道はハトも歴史も多い!

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こんにちは。足が日々痛いしょう(@shos_history)です。

 

3月18日からついにスタートした東海道の旅略して一人参勤交代。

 

 

~これは現代文明(飛行機や新幹線など)があるにもかかわらず、それらを使わず東海道五十三次を自分の足で歩くというよくわからない企画の記録である~

 

 

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今回は前回の続きで処刑場のあとから話を進めます。

 

東海道五十三次を歩く!「梅屋敷はハトのたまり場!」

 

処刑場を後にして、てくてくと歩いていると…

 

 

 


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ハト達がなにやら怪しげな集会を開いていました。

 

人間から受け取る餌の取り分を決めているのでしょうか。

 

この写真はまさに写真を撮ろうとしたらいっせいにこっちに来た時の写真です。

 

そのあとに「東海道五十三次歩くバカは餌なんてもってないだろう」と感じ取ったのか、すぐに遠くに歩いていきました。

 

人=カモだと理解してるんでしょう。

 

ハトにカモと思われるのは不思議な感覚ですね。

 

 

 

 


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さらに少し歩くと梅屋敷という小さな公園がありました。

 

どうやら旅行中の突然の食中毒対策の薬を販売してた薬局のようなものがあったようです。

 

それからここにたくさんの梅を集めて植えて茶屋が開かれます。

 

いつしか梅の名所になったようで、天皇や将軍、シーボルトなども訪れていました。

 

今日の梅屋敷には誰がいるだろうとか妄想していると

 


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またお前たちか!

 

仕方ないのでハトたちと一緒に花見をしました。

 

 


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めっちゃきれいでした!

 

【アクセス】

 

 

東海道五十三次を歩く!「多摩川渡ればようこそ神奈川!さよなら東京!」

 

ハトたちとの花見を終えて進んでいると

 

 


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きれいな川に差し掛かります。

多摩川の下流部分「六郷川」です。

 

江戸時代初期の頃まで、この川には橋が何度も建てられていたのに毎回流されるのであきらめて船で運ぶようになりました。

 

その時の運賃は6文です。

 

当時のお金は常に変化してるので正確な値段は分かりませんが、だいたい1文で15円くらいです。

 

すると6文で90円ということになります。

 

運賃と考えたらわりと安いですね。

 

歩いているとさっそくなんか歴史の匂いがしました!

 

 





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本陣です!

 

歴史で本陣といえば、大将がいるエリア的な意味で知ってる方が多いと思いますが、江戸時代では宿泊施設のことを指します。

 

 

 

ただし!

 

 

 

使えるのは幕府関係者や大名や公家などの特権階級たち(偉いやつら)だけです。

 

例えるなら専用の高級ホテルですね。

 

参勤交代してきた大名たちはこの本陣という施設で休みます。

 

対して我らが庶民が利用したのが旅籠というリーズナブルな宿泊施設でした。

 

他にもいろんな宿泊施設があるんですが、それはまた別の機会に書きますね。

 

 

あ、そうそう!

 

宿泊するときに「そこのホテルにはこの大名がいる!」と一目見てわかるように札が置かれていました。


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居酒屋で、たまに「〇〇様」と書かれて予約されてるあれです。

 

東海道五十三次を歩く!「一里塚は今も休憩スポット!」

 

.再び歩いていると…

 

 


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一里塚というものが現れます。

 

一里塚とは江戸時代の道に約4km毎に置かれた休憩スポットのことです。

 

塚の上には木が植えられて、その木陰で休むことができました。

 

しかも一里塚が見えたということは4km歩いたということでもあるので目印にもなります。

 

江戸時代は今と違ってグーグルマップなどの自分の位置が正確にわかる便利なアイテムがない時代なので、目印というだけで役立ちます。

 

僕も地図だけでは不安だったのですが、一里塚を見つけると「この道あってるんだな!」と安心できました。

 

でも一里塚なんて必要ないので残ってないことが多いんですが、この市場一里塚は公園に生まれ変わって今も生きていました。

 

 

昔休憩スポットとして使われていた一里塚が、今も公園となりながらも休憩スポットとして活用されているのは感慨深いですね。

 

【アクセス】

  

東海道五十三次を歩く!「生麦事件の現場は東海道!」

 


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今回の企画の中でトップレベルに驚いたのは生麦事件の現場が東海道だったということです。

 

※生麦事件とは…

 江戸から引き返していた薩摩(鹿児島)の島津さんの行列を横切った乗馬なうな外国人を殺傷した事件。

 

江戸時代は子供でもなんでも大名の行列を横切ることはタブーでした。

 

 

生麦事件は「大名行列を横切った外国人を斬った事件」という基本的な話は知ってるんですが、場所までは知りませんでした。

 

歩いてみて初めて気づいたんですが、よくよく考えたら当たり前でした。

 

西日本の大名たちは基本的には東海道とか通って江戸に行くんですから。

 

ちなみに襲われた外国は900m先まで逃げたのですが駄目でした。

 

 

 

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その最後の場所には碑が立ってます。

 

実際に歩いてみると「意外と逃げたな~」とか「すぐ捕まったか~」とか想像できて面白いのでおススメです!

 

【アクセス】

・生麦事件発生現場

 

・生麦事件碑(最終地点)

 

東海道五十三次を歩く!「東海道はハトも歴史も多い!」

 

 

東海道をひたすら歩くのは初めてですが、一日目から歴史が多くて最高でした。

 

そして意外に東海道には歴史が集中していることを知りました。

 

 

 

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1日目の歩行距離は約37km。

東京日本橋から神奈川県の保土ヶ谷まで歩きました。

 

次回は2日目保土ヶ谷スタートです!

 

【2日目に関連する記事】

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世の中に数多あるゲームのハードモードよりも難しいゲーム見つけた!

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こんにちは。ゲーム大好きのしょう(@shos_history)です。

 

小さい頃からカードゲームやボードゲームやテレビゲームなど色んなゲームをやってきたほどのゲーム好きです。

 

 

 

1972年に世界初の家庭用ゲーム機の「オデッセイ」が登場してはや50年。

 

今や数々のゲームが登場しています。

 

ゲームといえば、なかなかクリアができない難しい時があるじゃないですか。

 

いわゆるハードモードとか鬼畜と呼ぶようなものです。

 

 

 

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クリアできなくてウザいですよね!

 

僕もたくさんゲームをしてきたので、それなりに遭遇してきました。

 

 

今回は僕が体験してきたハードな内容を図解を使ってわかりやすく紹介しつつ、それよりもハードなゲームを最後に紹介しようと思います。

 

ゲームを知らなくても楽しめるようになってるのでぜひこのまま読み進めてください!

 

僕が体験したハードなゲーム内容①「敵と自分の差が圧倒的すぎる」

 

最近の新作ゲームの某ポケットモンスターでの出来事。

 

ストーリー終盤で、ラスボス的なめっちゃ大きなやつと戦います。

 

そのラスボスは神なんですよ。

 

その時点で強いんですが、ボス補正がかかって攻撃力とか防御力とか能力が通常より大幅に上昇してる状況です。

 

例えるなら、聖徳太子の持ってるしゃくが金棒に進化して、体つきもゴツくなる感じです。

 

 

 

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まさにこんな感じです!

 

もはや聖徳太子の原型がないんだが…

 

聖徳太子に関してはこちらの記事をどうぞ!

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マジで強すぎて自分の仲間たちがどんどんやられます。

 

全部一撃の即死です!

 

こっちの攻撃は全く効かないです。

 

多分かゆいレベルです。

 

 

 

じゃあどうやって倒したか。

 

 

毒を盛って倒しました!

 

 

 

戦国時代とか昔は厄介な敵は毒殺するのが当たり前でした。

 

有名な伊達政宗も母親に毒を盛られてましたからね。(諸説あります)

 

どんなに強い神でも毒には勝てないようです。

 

おまわりさんこっちです!

 

※ポケモンには毒状態にさせる技が実際にあります。

 

僕が体験したハードなゲーム内容②「敵に触れられない!」

 

某アニメ「ジョジョ」のスマホアプリでの出来事。

 

ジョジョとは何かについて簡潔に書かれた記事があるので合わせて読んでみてください!

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いわゆるラスボスとの戦う場面です。

 

そのラスボスはアニメでは触れた敵を凍らせるという意味不明な能力があります。

 

 

つまり触れられないんです!

 

 

その能力がそのままゲームでも反映されてるんです。

 

つまりどうなるか。

 

 

 

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攻撃しても攻撃してもこっちがやられるんです!

 

攻撃しないと勝てないのに、攻撃すると勝てないんです。

 

いわゆる無理ゲーです。

 

 

 

じゃあどうしたか。

 

 

コンテニュー連打しました!

 

 

コンテニューとは続けるという意味ですが、ゲームの場合は負けたけどそこからもう一回スタートするという意味です。

 

もちろんスマホゲーム特有の課金アイテムが消費されていきます。

 

いくら攻撃するとこっちが凍らされて負けると言っても、相手にもしっかり攻撃した瞬間のダメージがあります。

 

その微妙なダメージを稼いではコンテニューしてを繰り返して倒しました。

 

それしか勝つ方法ありませんでした。

 

僕がやってきたゲームの中で明らかに頭ひとつ抜けたハード内容でした。

 

数多あるゲームのハードモードよりも難しいゲームはこれだ!

 

さっきまで紹介したゲームもなかなかにハードな内容でしたが、僕個人的にそれ以上に難しいんじゃないだろうかというゲームを見つけました。

 

周りが全員敵スタートのゲーム。

 

その名も…

 

 

 

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「信長包囲網」です!

 

 

周りが全員敵という四面楚歌状態で、しかも全員強いという特典付きです。

 

これは実際に戦国時代に織田信長がプレイしたゲームなんです。

 

織田信長に関する記事はたくさんあるので色々漁ってみてください! 

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この完全ハードゲームを信長はなんと…!

 

 

攻略してクリアしたんです!

 

 

どうやってクリアしたのか。

 

 

 

頭を使って個別に撃破していったのです!

 

 

 

敵が全員強いとはいえ、連携まで強い訳ではありませんでした。

 

例えるなら全世界のオールスターを集めたサッカーチームのようなものです。

 

個人のレベルは高くて強いけど、チームワークはバラバラみたいな!

 

僕が四面楚歌のこの状況でスタートしたら、間違いなくパニックになって冷静に対処できません。

 

さすがは信長様だ。

 

これよりハードモードなものがあったらブログでもtwitterでもぜひ教えてください!

 

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【東海道五十三次を歩く!1日目前編】東京は意外と歴史が多い!


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こんにちは。しょう(@shos_history)です。

 

3月18日からついにスタートした東海道の旅略して一人参勤交代。

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旧東海道を歩き、東海道五十三次も制覇しながら東京から京都を目指します!

 

 

記念すべき1日目はどのくらい歩いたのか、どういう内容だったのか紹介します。

 

東海道五十三次を歩く!「日本橋から始まる長い戦い」

 

とうとうこの日がやってきてしまいました…

 

いざこれから京都まで歩くと考えたら「帰りたい」と思ってしまうのは仕方ないですよね。

 

なんだって490kmもあるんですから!

 

 


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そりゃこんな微妙な顔になります。

 

スタートからこれかよ…

 

なんだかんだ東海道五十三次を歩く旅略して一人参勤交代のスタートです!

 

東海道五十三次を歩く!「江戸無血開城の石碑とオオキド博士!」

 

日本橋からテクテク歩いていると、やはりさすが江戸というくらいに歴史がそこらじゅうにありました。

 



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例えば、西郷隆盛と勝海舟が会見して江戸を戦争から回避させた江戸無血開城の聖地!

 

この石碑の文には「これより後ろは海だった」的なことが書いてありました。

 

バリバリにビルの海が広がってるんですが、埋め立てされたということを知ります。

 

そこが少し前まで海だったのを想像するだけでも自然と笑みがこぼれました。

 

【アクセス】

 

 


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この石垣の集合体は高輪大木戸といって、江戸の南の入り口の門的な存在だったみたいです。

 

この門的なやつが道の両端にあって、夜は閉めて通行止めにしていました。

 

冒険の始まり+オオキドの名前は別のゲームを想像しちゃう…

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【アクセス】

 

 


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あとはこれとか。

 

いゃそれ絶対歴史関係ない…

 

名前が面白くてつい…

 

東海道五十三次を歩く!「一つ目の宿場は品川宿!」

 

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そんな感じで適度に観光しながら歩いてたら…

 

 

 


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なんかあるんですよ。

 

 

 


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かっけぇートイレが!

 

別にトイレしたい気分じゃなかったんですが、せっかくなので入ってきました。

 

合わせてこちらのきじもどうぞ!

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そしてこの顔である。

 

このトイレはおそらく東海道特別仕様なんだと思います。

 

トイレもしっかり済ませて歩いていると…

 

 

 

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商店街が出てくるんですよ。

 

まぁ全然開いてなかったんですけどね。

 

 

 


f:id:shoooy:20190321004219j:imageちょうどお昼の時間に東海道最初の宿場の品川宿についたのでここでお昼休憩。

 

品川宿は江戸の玄関口として賑わっていました! 

 

 

 

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約束された勝利「母親の手作り弁当」

 

 


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このペットボトルをさりげなく飲むシーンもイケメンじゃないのでただの飲んでる写真と化してます。

 

 

 

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こちらが品川宿本陣跡。

 

本陣っていうのは幕府関係の人とか大名とかの特権階級が利用する宿泊施設のことです。

 

【アクセス】

 

 

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まぁチャリ置場なんですけどね。

 

大名たちもチャリで参勤交代できたらだいぶ楽だったんでしょうね。

 

東海道五十三次を歩く!「処刑場もあった!」

 

そんな感じで一人突っ込みしながら歩いていると

 

 

 


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涙橋という橋を渡ることになりました。

 

品川で処刑される人たちは馬に乗せられて護送されるんですが、その時に親族たちが密かに見送りに来て、ここで涙を流しながら別れたようです。

 

ってことはまさか…と思いながら先に進むと

 

 

 

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確かに処刑場がありました。

 

 

名前は鈴々森刑場。

 

ここではお駒やお七などが処刑されたといわれています。

 

お駒やお七といえばインフルエンザの名前にもされた人たちです。

 

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火炙台や

 

 

 

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磔台の後が今も残っています。

 

 


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今は遺跡として、そして小さなお墓として残ってます。

 

【アクセス】

 

東海道五十三次を歩く!「東京は意外と歴史が多い!」

 

これでもまだ半分しか書けてないくらいに1日目は濃かったので前編と後篇に分けます!

 

マジで想像以上に歴史がありました。

 

「歴史いっぱいある京都イイよねー。東京なんてあんまりないんだよね~」ってほざいてた過去の自分を一刀両断したい気分です。

 

【1日目後編の記事はこちら】

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【一人参勤交代します】東京から京都まで490km!!東海道五十三次を歩く!

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こんにちは。しょう(@shos_history)です。

 

 

 

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実は

 

 

 

f:id:shoooy:20190316190442j:plain

実は…

 

 

 

f:id:shoooy:20190316190459j:plain実はですね。

 

はよ言えや

 

3月18日に東京から東海道を歩いて京都まで歩いていく東海道の旅、略して一人参勤交代します!

 

 

 

参勤交代について簡単に解説した記事も合わせてどうぞ!

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参勤交代という言葉がかっこいいので使ってるだけで、いわゆる東海道の旅のようなものです。

 

参勤交代を「東京と地方の間を歩くもの」として考えると間違ってはいません。

 

しかし目的地の京都は江戸時代に藩(地域を支配していた支部)がなかった地域なので、「藩が自分の地域と江戸を往復する」という意味で参勤交代を見たら、、

 

 

間違ってます!

 

 

でも、そんなこと言い出したらキリがないですよね。

 

そもそも参勤交代は「江戸幕府の将軍に謁見するために東西の大名が江戸に出てくること」を参勤交代と言いますし。

 

江戸幕府も将軍もいないから一生実際には使えない言葉になるというわけです。

 

 

なので僕の中では「参勤交代は行列で街道を歩くこと」としてます。

 

 

ということで東海道五十三次を歩く旅、略して「一人参勤交代」を3月18日から行います。

 

略すとは…

 

東海道五十三次を歩くとは?

 

東海道五十三次とは江戸時代の街道の1つ東海道沿いにあった53個のサービスエリアのことです。

 

昔は宿やら茶屋とかあり町として賑わっていました。

 

江戸時代の大名たち(殿様)が参勤交代で東海道を使うときや旅人はこういった宿場で休憩していたんです。

 

つまり東海道五十三次を歩くということは江戸時代の再現をして歩くということです。

 

僕の場合は歴史が好きだし、どうせなら本格的に歩きたいと思ってるので当然旧東海道の道を歩きます。

 

ブログや動画の企画を作りつつ東海道五十三次を歩く!

 

ただ東海道を歩くだけだとあまり面白くない気がしたので、五十三の宿場ごとに1つの企画をしていこうと思います。

 

つまり計算上では京都に着く頃には53の動画やブログのコンテンツが出来上がってるわけです。

 

漂うフラグ感…

 

日々机に座ってるだけで外に出ない自宅警備員の僕にとっては歩くだけでも過酷ですが、せっかくの機会なのでいつも以上に頑張ってみようと思います。

 

とりあえず最大の目標としては…

 

・無事に京都に着くこと

・破産せずに東京に帰ってくること

 

だけ考えて挑んできます。

 

東海道沿いの方で会える方はどんどん会いましょう!

 

【東海道五十三次を歩くシリーズはこちら!】

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