あのペリーも驚いた!江戸時代のお風呂事情とは?
どうも、お風呂大好き人間のしょう(@shos_history)です。
お風呂も好きですが、なんといっても風呂上がりに飲む牛乳やコーヒー牛乳が格別です。
巣鴨にある東京染井温泉の「SAKURA」は月1以上は行っています。笑
巣鴨の歴史観光が気になった方はこちらをチェックです!
風呂といえば誰もが毎日のように入る身近なものの一つですが、江戸時代にやってきたあのペリーも驚いたことがあるみたいです。
お風呂で驚くことってなんだろうということで今回はそんな江戸時代のお風呂事情が今と全然違うことを紹介します!
江戸時代のお風呂はみんなで銭湯へ!
江戸時代はだいたいみんな銭湯に行ってました。
なんで?なんで?
今から説明します!
江戸時代は今みたいにガスとか電気でお湯を沸かすのではなく、火でお湯を沸かします。
江戸時代の家の構造覚えてます?
確か…木造で家の間がキツキツ!
その通りです!よく覚えてましたね!
江戸時代の家は木と紙でできおり、出火したら最後で、隣に燃え移り、街全体を灰にするほど火に弱かったので火事が多発していたのです。
江戸時代の火事について気になった方はこちらの記事をチェックです!
出火したら最後レベルの家で火を焚いてお風呂沸かせます?
無理無理無理無理無理!
もはや自殺行為ですよね。
紙の上でマッチに火をつけるようなものです。
それだったら、自分の家で風呂に入るより銭湯に行った方がよくないですか?
確かにすぎる!!
だからほとんどの人は銭湯に行きました。
それも武士も商人も身分関係なくです。
ペリーも驚いた!江戸時代のお風呂は混浴!
江戸時代はほとんどの人が銭湯に行くのですが、その理由は家が燃えやすいというリスク問題だけではありません。
水も薪も貴重だからです。
お金がかかるという面でも銭湯に行った方がコスパがいいのです。
そんな銭湯ですが、実は今のように男湯と女湯で分かれておらず、基本的に混浴でした。
なんでかって?
水が貴重だからです!
さっきも説明した通り水が貴重なので、男湯と女湯で分けると水の量は単純計算して2倍必要になります。
だから混浴にしていたのです。
水が貴重すぎて、節水のためお湯は繰り返し使われていたと言われています。
き、汚い…
江戸のリサイクル文化を象徴してますね…
幕末、日本にやってきたペリーも日本の混浴文化を目の当たりにして「日本人は道徳心が優れてるのにこの状況を見ると道徳心を疑う!」的なことを自身の日記に書いたといいます。
要するに日本人意外とヤバくね?ってことです!
「oh my god!」とか言ってそう…
度々、幕府(当時のトップ政府)は混浴を禁止しましたが、あまり効果がありませんでした。
結局、混浴文化は江戸時代の終わりまで続きます。
江戸時代のお風呂事情が今と全然違う!
江戸時代と今では水道といい技術といい違う部分が多いため、お風呂事情が全然違いました。
今は当たり前のように使う水も、当時の人にとってはものすごく大事なものだったんですね。
しかも今や男湯・女湯と別々が当たり前なのに、つい150年前までは混浴が当たり前だったのも驚きです。
もう全然今と違いますね!
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