江戸時代に出現した野菜を描く絵師と大根の歴史の話!
どうも、我が家の家で一番美味しい料理は母親がつくる大根の味噌汁のしょう(@shos_history)です。
漬物にもなるし、味噌汁にもなるし、めっちゃ万能な大根ですが、日本の食べ物じゃなかったんですよ。
最近野菜の歴史をインプットして知りました。。
そんな大根の歴史とそれを面白く描いていた江戸時代の絵師の歴史の話を今回はしようと思います。
学校では習わない歴史をどうぞ!
大根の歴史!
大根の原産は地中海沿岸(ヨーロッパのあたり)と言われています。
そこからヨーロッパや中国、アメリカなどに伝えられました。
古代エジプトではピラミッド建築の際の昼飯か給与か何かの形でタマネギやニンニクと共に大根が与えられていました。
この時支給された大根は赤くて丸いハツカダイコンのようなやつでした。
もし支給された昼飯が野菜たちだとしたら今の時代ならストライキレベルですね。
飯じゃないですもん。もはや生の食材ですもん。
日本に正確に伝わったのがいつかはわかりませんが、『日本書紀』や『古事記』などの奈良時代の書物に記載があるため奈良時代には既に伝わっていたと思われます。
江戸時代に盛り上がる大根!
江戸時代になると切り干し大根や沢庵などが登場し、大根の用途が一気に増えます。
江戸幕府5代将軍の
とりあえず日本人の食文化にグイグイと入って来たのが江戸時代だったのです!
そんな江戸時代に野菜の変わった絵を描く人がいました。
江戸時代の野菜絵師と絵!
野菜の絵師の名前は
築地市場ならぬ野菜市場を経営していました。
伊藤はあるとき当然絵師の道に目覚めて、絵を描き始めます。
絵師となった伊藤は次々と絵を描きます。
その中でも特殊な絵も描きました。
それがこの「
よく見ると真ん中に横たわっている大根が見えると思います。
その周りもカブみたいなやつとか柿のようなやつとか見えますよね。
「果蔬」というのは果物と野菜をさす言葉なのです。
実はこれはある絵のパロディと言われています。
それがこの「
はい。完全にパロディですね。横たわっているのが釈迦でさっきは大根でしたから。
釈迦は仏教を始め広めた人です。
大根が二股に分かれていたのは人を表していたということですね。
この釈迦が横たわっている絵はたくさん種類があるみたいです。
足あたりから釈迦を見たときに横たわっている釈迦の頭は北、顔は西を向いていますね?
この向きが北枕の由縁になりました。
この横たわっている釈迦さんは実際に横たわって仏教の話をしたらしいですけど、寝たかっただけでは?と思ったり思わなかったり。
こんな感じで伊藤は特殊なパロディのような野菜の絵も描いていたのでした。
野菜の絵を描く人はいても、パロディは珍しいと思いますね。
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